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テレーザ(Thérésa: Emma Valladon)19世紀フランス女性シャンソン歌手のパイオニア

フランス

テレーザ(歌手)Thérésa(本名:エマ・ヴァラドン Emma Valladon)は、19世紀後半(1850年代頃)に活躍したフランスのシャンソン歌手のパイオニアの一人。

19世紀半ば(1850年代頃)からキャバレー酒場で歌手活動を始め、人気歌手として名声を得てのちに大きな劇場やナポレオン三世ら宮廷でも歌うなど歌手として初めてスター的な存在となる。

また関連グッズや集客の目玉となるなどフランスにおけるエンターテインメント産業の誕生に貢献したアーティストの一人であると考えられている。

1836年9月7 日にラ・バゾシュ・グエ(ウール・エ・ロワール)で生まれ、1913 年5月14日にヌフシャテル・アン・ソーノワ(サルト)で亡くなった。

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基本情報

1870年、エティエンヌ・カルジャ作の歌手テレサの肖像画。 Portrait de la chanteuse Thérésa par Étienne Carjat en 1870.
バイオグラフィー Biographie
出生名 Nom de naissance
デジリー・エマ・ヴァラドン Désirée Emma Valladon
仮名 Pseudonyme
テレサ Thérésa
国籍 Nationalité
フランス語 française
活動内容 Activités
歌手、帽子屋 Chanteuse, modiste
誕生 Naissance
1836 年 9 月 7 日 7 septembre 1836
ラ・バゾシュ・グエ La Bazoche-Gouet
逝去 Décès
1913年5月14日(76歳) 14 mai 1913 (à 76 ans)
ヌフシャテル アン ソーノワ Neufchâtel-en-Saosnois
埋葬 Sépulture
ペール・ラシェーズ墓地、ヴァラドンの墓 (d) Cimetière du Père-Lachaise, tombeau de Valladon (d)

テレーザの略歴(バイオグラフィー)

19世紀半ば(1850年代頃)からキャバレー酒場で歌手活動を始め、人気歌手として名声を得てのちに大きな劇場やナポレオン三世ら宮廷でも歌うなど歌手として初めてスター的な存在となる。また関連グッズや集客の目玉となるなどフランスにおけるエンターテインメント産業の誕生に貢献したアーティストの一人であると考えられている。

1836年9月7日にラ・バゾシュ・グエ(ウール・エ・ロワール)で生まれ、1913 年5月14日にヌフシャテル・アン・ソーノワ(サルト)で亡くなった。
一部の人からは「権威帝政時代のミューズ」や、彼女の謙虚な出自から「小川の歌姫」というあだ名が付けられている。

犬の歌。 ドガの肖像画(1876年頃)

1836年9月7日生まれのエマ・ヴァラドンは、マレ地区出身のパリの音楽家の娘。
だが、ペルシュで仕立屋だった叔父の元で生まれた。

1948年エマ12歳で帽子職人の見習いになる。

1855年エマ19 歳のときパリのいくつかのカフェコンサートに出演し始めた。

1863年頃からエマはテレーザという名前で知られるようになる。

テレーザはまもなくパリのミューズになった。

ポルト・サン・マルタン劇場やキャバレー「ラ・ルカザール」に出演。

ナポレオン3世の宮廷やヨーロッパの宮廷でも歌った。

オッフェンバックのオペレッタにも参加、グノーのために演奏した。

当時の報道機関の一部、特にジュール・バーベイ・ドーレヴィリーにより彼女の才能を賞賛した。

一方で、彼女の出自からスキャンダルの報道もあった。

劇場でも演奏したが、特に大衆シャンソンで高く評価された。

同時期に有名になったサラ・ベルナールと比較されることもある。

テレサは当時メディアの熱狂を生んだ最初のスター的なアーティストの 1 人。
「関連グッズ」の先駆者でもあった。

テレサには最初に素晴らしい報酬が与えられた歌手であり、プロデューサー間の競争が生まれたのもテレサのときだったともいわれる。

オッフェンバックのオペラ・ブッファ『パリの暮らし』で次のように言及されている。

「首都に行きたい / 大流行中の歌姫に会いたい / 『ドン・パスクアーレ』のパティを観たい / そして『ル・サプール』のテレサを! »2.

彼女は、「地下室(キャバレー、歌手の劇場)」協会の 女性会員2名中の1人だった。

テレサ(エマ・ヴァラドン)は自身の著書『回想録』を残した。

(筆者注:そこでは有名歌手となった名声の陰で誹謗中傷に苦しんだ胸の内などが綴られている。そして、なにより注目されるのは自分が単なるキャバレーの歌い手のみならず「自分はアーティストです!」と宣言していることだろう。あいにくテレサの歌は録音物としては残っていない。だが、こうした文献からでもテレサが今に至るフランスのシャンソンを文化として広めたパイオニアの一人として尊敬されるべき理由は十分あるものと信ずる。)

フランス初のシャンソン歌手の一人テレサ(エマ・ヴァラドン)の墓はパリのペール・ラシェーズ墓地(区分 35)にある。

あいにくテレサの録音は残されていない。
フランスの研究者のブログによれば、1895年頃引退のため、まだ商業録音は稀であり(※筆者注:シリンダー録音の時期)、テレサが録音スタジオに現れたことは考えにくいと考察されている。

ただ、テレサが歌っていた歌のごく一部は後世にカバーされるなどしてその一端から思いをはせることもできるかもしれない。

(参考リンク)フランス語版Wikipedia-Thérésa (chanteuse)

(参考リンク2)フランス語版Googleでの「theresa chanteuse」検索結果 ※フランス語

(参考リンク3)Thérésa – Biographie / Du Temps des cerises aux Feuilles mortes ( http://www.dutempsdescerisesauxfeuillesmortes.net/fiches_bio/theresa/theresa.htm) ※テレーザについて詳しく分析されているフランスの研究者の方のブログ。テレーザ本人の録音ではないが当時の古いシャンソン音源も視聴させて頂けるオススメ記事。

(参考リンク4)『Mémoires de Thérésa/POURQUOI J’ÉCRIS CE LIVRE』(Wikipedia.fr)※テレーザ本人が記した『テレーザの回想録』のWikipediaページ。
※※書籍でもamazon洋書などで入手可。

名声の陰で誹謗中傷にも苦しんだテレーザご本人の胸の内が綴られている名著。フランス音楽に興味のある学生さんなどテレーザの生涯を研究したい人には必読。またシャンソン愛好家の方にも彼女の「アーティスト宣言」などはまだ歌い手の社会的地位が高くはなかった時代背景のなかでシャンソンを文化として広めたいとする情熱に胸打たれる書籍としてご一読をお勧めしたい。

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