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フランス 歴史 年表

フランス

フランス歴史年表(略史・簡易版):
フランス歴史年表の簡単なまとめ(時代区分)

(参考)フランス歴史年表時代区分

・旧石器時代
・先史時代
・古代
・中世
・近世
・近代
・現代

フランス歴史年表(詳細版):
年代(世紀)ごとにフランス史の主な出来事のまとめ

(参考)フランス歴史年表時代区分の年代(世紀)

・旧石器時代:3万5千年前頃~
・先史時代:※諸説あり~ 紀元前
・古代:紀元後~4世紀(西暦1年~300年代)
・中世:5世紀~14世紀(400年代~1300年代)
・近世:15世紀~19世紀前半(1400年代~1840年代)
・近代:19世紀後半~20世紀前半(1850年代~1945年8月15日)
・現代:20世紀後半(戦後)1945年8月16日~現在

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フランス歴史年表(略史・簡易版)

フランス歴史年表(略史・簡易版):
フランス歴史年表の簡単なまとめ(時代区分)

(参考)フランス歴史年表時代区分

・先史時代
・古代
・中世
・近世
・近代
・現代

旧石器時代

先史時代 Prehistory

3万5千年~ 旧石器時代~先史時代

古代 Ancient

600 BC – 49 BC 古代ギリシア植民地 600 BC – 49 BC Greek colonies
  until 50 BC ガリア人   until 50 BC Celtic Gaul
50 BC – 486 AD ガロ・ローマ人 50 BC – 486 AD Roman Gaul
フランク人

中世 Middle Ages

フランク王国 Francia and the Franks

481–751 メロヴィング朝 481–751 Merovingians
751–987 カロリング朝 751–987 Carolingians
・西フランク王国
・フランス王国
987–1328 カペー朝 987–1328 Direct Capetians
1328–1498 ヴァロワ朝 1328–1498 Valois

近世 Early modern

Ancien Régime

1498–1515 ヴァロワ=オルレアン朝 1498–1515 Valois-Orléans kings
1515–1589 ヴァロワ=アングレーム朝 1515–1589 Valois-Angoulême kings
1589–1792 ブルボン朝 1589–1792 Bourbon kings

近代 modern

Long 19th century

1789 フランス革命 1789–1799 French Revolution
1791–1792 立憲王政 1791–1792 Kingdom of France
1792–1804 第一共和政 1792–1804 First Republic
1792–1795  • 国民公会 1804–1814 First Empire
1795–1799  • 総裁政府 1814–1830 Restoration
1799–1804  • 統領政府 1830–1848 July Monarchy
1804–1814 第一帝政 1848–1852 Second Republic
1814–1830 復古王政 1852–1870 Second Empire
1830 七月革命 1870–1940 Third Republic
1830–1848 七月王政
1848 二月革命
1848–1852 第二共和政
1852–1870 第二帝政 20th century
1870–1940 第三共和政 1870–1940 Third Republic
1871 パリ・コミューン 1871 Free France

現代 present

1940–1944 ヴィシー政権 · 自由フランス 1940–1944 Vichy France
1944–1946 共和国臨時政府 1944–1946 Provisional Republic
1946–1958 第四共和政 1946–1958 Fourth Republic
1958–現在 第五共和政 1958–present Fifth Republic

フランス略史(戦後)
1946年10月 第四共和制成立
1958年10月 第五共和制成立
2017年5月 マクロン大統領就任

フランス歴史年表(詳細版)

フランス歴史年表(詳細版):
年代(世紀)ごとにフランス史の主な出来事のまとめ

(参考)フランス歴史年表時代区分の年代(世紀)

・旧石器時代:3万5千年前頃~
・先史時代:※諸説あり~ 紀元前
・古代:紀元後~4世紀(西暦1年~300年代)
・中世:5世紀~14世紀(400年代~1300年代)
・近世:15世紀~19世紀前半(1400年代~1840年代)
・近代:19世紀後半~20世紀前半(1850年代~1945年8月15日)
・現代:20世紀後半(戦後)1945年8月16日~現在

★見出し追記★いつどこでだれがなにを4Wは最低でも調べて追記★

3万5千年前頃~(旧石器時代)

原人(クロマニヨン人など)

数千年前※諸説あり~紀元前(先史時代)

新人(ホモ・サピエンス)

古代ギリシア植民地

600 BC – 49 BC 古代ギリシア植民地 600 BC – 49 BC Greek colonies

until 50 BC ガリア人 until 50 BC Celtic Gaul

50 BC – 486 AD ガロ・ローマ人 50 BC – 486 AD Roman Gaul

1世紀(古代1)

50 BC – 486 AD ガロ・ローマ人 50 BC – 486 AD Roman Gaul

2世紀(古代2)

50 BC – 486 AD ガロ・ローマ人 50 BC – 486 AD Roman Gaul

3世紀(古代3)

50 BC – 486 AD ガロ・ローマ人 50 BC – 486 AD Roman Gaul

260年 ガリア帝国:
ポストゥムスが自立してガリア帝国を打ち立て、帝国属州のガリア、ゲルマニア、ブリタンニア、ヒスパニアを支配した。これらの属州は3世紀の危機によりローマ帝国から分離した。

274年 シャロン・スュル・マルヌの戦い:
ローマ帝国がガリア帝国に勝利し、ガリアはローマ帝国へ再統合された。

297年 サリ族がバタウィー族の居住地に住むことを許された。

4世紀(古代4)

50 BC – 486 AD ガロ・ローマ人 50 BC – 486 AD Roman Gaul

.

.

5世紀(中世1)

50 BC – 486 AD ガロ・ローマ人 50 BC – 486 AD Roman Gaul
5世紀頃フランク人


418年 西ゴート王国の成立:
・ホノリウスが西ゴート族にガリア・アクィタニアを与えた。
・西ゴート王国が成立
・ワリアとテオドリック1世父子が相次いで即位

426年 サリ族の初代の王クローディオが即位。

448年 クローディオ死去:
・メロヴィクスが後を継ぐ

451年 6月20日 カタラウヌムの戦い:
・西ローマ帝国とテオドリック1世率いる西ゴート王国軍、フランク族などの連合軍がフン族を撃退し、フン族のガリア征服は免れた。
・しかしこの戦いでテオドリック1世が戦死、子のトリスムンドが王位を継承した。

453年 トリスムンド死去:弟テオドリック2世が西ゴート王国の王に即位
・兄のトリスムンドを殺害し、西ゴート王国の王に即位

457年 メロヴィクス死去:
・子のキルデリク1世が後を継ぐ。
・ローマ帝国のガリアにおける最後の地域であるソワソン管区が設立
・アエギディウスがマギステル・ミリトゥム(軍司令官)に任命

462年 西ローマ帝国のセプティマニアが西ゴート王国に割譲される。

463年 アエギディウスとキルデリク1世がオルレアンで西ゴート族を撃破。

464年 アエギディウス死去:
・子のシアグリウスがマギステル・ミリトゥムの位を継いだ。

465年 キルデリク1世死去:
・クロヴィス1世が後を継ぐ

466年 テオドリック2世死去:弟のエウリックが西ゴート王国王に即位
・弟のエウリックに殺害
・エウリックは西ゴート王国の王に即位(ローマからの独立を宣言、イベリア半島の南部まで勢力圏を広げる)

481~メロヴィング朝 Merovingians

485年 エウリック死去:
・子のアラリック2世が王位を継承

486年 ソワソンの戦い:
・クロヴィス1世のフランク軍がシアグリウスを撃破し、ソワソン管区を併合。
・シアグリウスは西ゴート王アラリック2世に庇護を求めたが、捕らえられてクロヴィスに引き渡され、翌年に殺された。

6世紀(中世2)


507年 ヴイエの戦い:西ゴートからガリア・アクィタニア(現フランス)を獲得
・クロヴィス1世が西ゴート王アラリック2世を破りガリア・アクィタニアを獲得。
・これが現代のフランスの基礎となった。

511年 クロヴィス1世死去:
・4人の息子が遺領を分割相続(キルデベルト1世:パリ、クロタール1世:ソワソン、クロドメール:オルレアン、テウデリク1世:ランス=アウストラシア)

524年 6月25日 ヴェズロンスの戦い:
・クロヴィス1世の息子の連合軍がブルグント王ゴドマール2世に大勝
・オルレアンの王クロドメールが戦死
・ネウストリアの王クロタール1世がクロドメールの長男テオドバルドと次男グンタールを殺害、末息子クロドアルドも逃亡。
・相続人のいなくなったオルレアン王国はクロタール1世とキルデベルト1世の間で分割

534年 テウデリク1世死去:
・子のテウデベルト1世がアウストラシア王位を継承

547年 テウデベルト1世死去:
・子のテオデバルドがアウストラシア王位を継承

555年 テオデバルド死去:
・アウストラシアはクロタール1世に併合

558年キルデベルト1世死去:フランク王国を再統一
・弟のクロタール1世がその領地を相続
・クロヴィス1世が作り上げたフランク王国を再統一

561年 クロタール1世死去:
・4人の息子が遺領を分割相続(カリベルト1世:パリ、グントラム:ブルグント王国、シギベルト1世:アウストラシア、キルペルク1世:ネウストリア)

567年 パリの王カリベルト1世が死去:
・後継者がなく、領地は3人の弟たちに分割

575年 アウストラシアの王シギベルト1世死去:
・子のキルデベルト2世が王位を継承

584年 ネウストリアの王キルペルク1世死去(暗殺):
・生後4ヶ月の遺児クロタール2世が継承
・その母フレデグンドが摂政

592年 ブルグント王グントラムが死去:
・養子のキルデベルト2世が継承

595年 キルデベルト2世死去:
・遺領は2人の息子が相続(テウデベルト2世:アウストラシア王、テウデリク2世:ブルグント王)

597年 フレデグンドが死去:
・ネウストリアの王クロタール2世が13歳で親政

7世紀(中世3)


612年 アウストラシアの王テウデベルト2世が暗殺:
・ブルグント王テウデリク2世が継承

613年 テウデリク2世死去:クロタール2世がフランク王国を統一
・庶子シギベルト2世が短期間王位を継承
・クロタール2世がシギベルト2世を処刑、
・クロタール2世がフランク王国を統一した

623年 クロタール2世がダゴベルト1世をアウストラシア王に任命

629年 クロタール2世死去:
・死後に交わされた協定により、ダゴベルト1世がネウストリアの王位を継承
・異母弟のカリベルト2世がアキテーヌを継承

632年 4月8日 カリベルト2世が死去:
・兄のダゴベルト1世がカリベルト2世を暗殺
・生後間もない子キルペリク・ダキテーヌが継承
・キルペリク・ダキテーヌがダゴベルト1世に暗殺される
・ダゴベルト1世はアキテーヌを獲得、フランク王国を統一

639年 1月19日 ダゴベルト1世死去:
・子のシギベルト3世がアウストラシア王、
・クロヴィス2世がネウストリアとブルグントの王
・二人とも政治力が弱く、宮宰の台頭を許すきっかけとなる

655年 クロヴィス2世死去:
・子のクロタール3世が継承

656年 2月1日 シギベルト3世が死去:
・キルデベルト養子王が継承

661年 キルデベルト養子王が死去:
・クロタール3世が遺領を継承してフランク王国を再統一

673年 クロタール3世死去:
・遺領は2人の弟に分割(キルデリク2世:アウストラシア王、テウデリク3世:ネウストリア王)
・キルデリク2世はすぐにネウストリアを侵攻し併合、フランク王国を統一

675年 キルデリク2世が殺害:
・テウデリク3世が再びネウストリアを獲得
・アウストラシアはクロタール3世の庶子クロヴィス3世が継承

676年 クロヴィス3世が死去:
・テウデリク3世が遺領を相続したことによりフランク王国を再統一

691年 テウデリク3世が死去:
・子のクロヴィス4世が継承

695年 クロヴィス4世が死去:
・弟のキルデベルト3世が継承

8世紀(中世4)


711年 キルデベルト3世が死去:
・子のダゴベルト3世が継承

715年 ダゴベルト3世が死去:
・キルデリク2世の末子キルペリク2世が継承

721年 キルペリク2世が死去:
・ダゴベルト3世の子テウデリク4世が継承

732年 トゥール・ポワティエ間の戦い:
・ウマイヤ朝のカリフ・ヒシャームの侵攻。
・フランク王国の宮宰カール・マルテルに食い止められる

737年 テウデリク4世死去:
・彼は後継者指名をせず、カール・マルテルは王位継承を阻止

741年 カール・マルテルが死去:
・宮宰の位と領地は2人の子カールマンとピピン3世に分割された

743年 7年間の空位の末、キルデリク3世がフランク王に即位:
・実権はピピン3世に握られた

747年カールマンが宮宰を辞し、修道院に隠棲
・ピピン3世が代わりの宮宰になった

751年~カロリング朝



751年 カロリング朝の成立
・メロヴィング朝最後の国王キルデリク3世が退位
・ピピン3世が戴冠し、カロリング朝を開いた

768年 ピピン3世死去:
・ピピン3世の子シャルルマーニュとカールマン1世がそれぞれフランク王国の半分を相続、二人ともフランク王に即位

771年 カールマン1世死去:
・シャルルマーニュが遺領を相続

774年 シャルルマーニュがランゴバルド王国の首都パヴィアを占領:
・ランゴバルド王を兼ねる

795年 シャルルマーニュがスペイン辺境領をフランク王国とアル=アンダルスの緩衝地帯として設置

9世紀(中世5)


800年 ローマ教皇レオ3世がシャルルマーニュをインペラートル・アウグストゥスとして戴冠

811年 アイデル河畔の平和:
・シャルルマーニュとデンマーク王ヘミングの間で締結
・フランク王国とデンマーク王国の国境をアイダー川に定める

812年 後ウマイヤ朝のアミールのハカム1世がフランク王国の侵攻を追認

814年 シャルルマーニュ死去:
・ルイ1世敬虔王が帝国を相続

840年 ルイ1世敬虔王死去:
・長子のロタール1世がフランク王国の帝位につく

843年 ヴェルダン条約:西フランク王国(フランス)、東フランク王国(ドイツ)
・ルートヴィヒ2世ドイツ人王とシャルル2世禿頭王が手を結びロタール1世に勝利
・フランク王国は分割(ロタール1世:フランク王位と中フランク王国、シャルル2世:西フランク王国、ルートヴィヒ2世:東フランク王国)
・西フランク王国は現在のフランスの礎
・東フランク王国と現在のドイツの礎

875年 ローマ教皇ヨハネス8世がシャルル2世にローマ皇帝の戴冠

876年 アンデルナハの戦い:
・ルートヴィヒ2世ドイツ人王が死去
・アンデルナハでシャルル2世禿頭王がルートヴィヒ2世の子カールマン2世に敗北

877年 シャルル2世が病死:
・子のルイ2世吃音王が西フランク王位を継承

879年 ルイ2世吃音王が死去:
・子のルイ3世とカルロマン2世がともに王位を継承

880年 ルイ3世とカルロマン2世がアミアンで王国分割条約に署名
・ルイ3世:ニュストリア
・カルロマン2世:ブルゴーニュとアキテーヌ

882年 ルイ3世死去:
・カルロマン2世が単独王

884年 カルロマン2世死去:
・東フランク王国のシャルル肥満王が西フランク王国も継承
・フランク王国全体を一時的に統一

888年 シャルル肥満王が嫡子のないまま死去:
・フランク王国は再び分割され、これ以降統一されることはなかった

・パリ包囲戦でノルマン人を撃退したウードが西フランク王に即位
・ポワティエ家のラヌルフ2世がアキテーヌ公に即位

898年 ウード西フランク王が死去:
・ウードの子等は全員早逝
・ルイ2世吃音王の遺児シャルル3世単純王が西フランク王に即位
・カロリング朝が復活

10世紀(中世6)


911年 サン=クレール=シュール=エプト条約:ノルマンディー公国の成立
・シャルル3世とノルマン人のロロ徒歩王の間で締結
・ノルマンディー公国が創設

922年 シャルル3世が貴族反乱で廃位:
・ウードの弟ロベール1世が王に選出

923年 ソワソンの戦い:
・ロベール1世の娘婿ブルゴーニュ公ラウールがシャルル3世を捕えた
・ロベール1世自身は戦死
・ラウールが西フランク王に選出
・ブルゴーニュ公は弟のユーグ黒公が継承

936年 ラウール死去:
・シャルル3世の子ルイ4世が王位を継承

954年 ルイ4世死去:
・子のロテールが継承

986年 ロテール死去:
・子のルイ5世怠惰王が継承

987年~カペー朝

987年 ルイ5世が死去:カロリング朝断絶、カペー朝の成立
・継嗣が無く、カロリング朝はここで断絶
・ユーグ・カペーが貴族の血統と軍事の成功で国王に選出
・カペー朝の始まり

996年 ユーグ・カペー死去:
・子のロベール2世が王位を継承

11世紀(中世7)


1004年 ロベール2世がブルゴーニュ公国を併合

1031年 ロベール2世が息子の反乱で戦死:
・アンリ1世が王位を継承
・末弟のロベール1世が反対し、反乱を起こした

1032年 アンリ1世が弟のロベール1世にブルゴーニュ公国を与えることで和解

1060年 アンリ1世死去:
・7歳の子フィリップ1世が王位を継承
・その母アンヌ・ド・キエヴが摂政を務めた

1066年 フィリップ1世が成人

12世紀(中世8)


1108年 フィリップ1世死去:
・子のルイ6世肥満王が継承

1131年 ルイ6世の子ルイ7世が共同王位

1137年 ルイ6世肥満王死去:
・子のルイ7世若年王が継承
・ルイ7世がアキテーヌ公:エレオノール・ダキテーヌとの結婚

1152年 ルイ7世とエレオノール・ダキテーヌの結婚の無効が宣言

1180年 ルイ7世死去:
・子のフィリップ2世が継承

13世紀(中世9)


1214年 ブーヴィーヌの戦い:
・フランス王国軍がイングランド王国やフランドル伯などの連合軍に勝利
・アンジュー、ブルターニュ、メーヌ、ノルマンディー、トゥーレーヌの広大な領地を得た

1223年 フィリップ2世死去:
・子のルイ8世獅子王が継承

1226年 ルイ8世獅子王死去:
・子のルイ9世聖王が継承

1241年 ルイ9世が弟のアルフォンスをポワティエ伯に就かせた。
・子のヘンリー3世が継承せずイザベル・ダングレームが激怒

1242年 サントンジュ戦争:
・イザベル・ダングレームの主張を支持してヘンリー3世が出兵したが、大敗

1270年 ルイ9世死去:
・子のフィリップ3世大胆王が継承

1285年 フィリップ3世死去:
・子のフィリップ4世が継承

1297年 ローマ教皇ボニファティウス8世がルイ9世を列聖:
・ルイ9世は聖ルイとしても知られる聖人に叙される唯一のフランス王となる

14世紀(中世10)


1302年 ブリュージュの朝課事件:ブリュージュを追放されたフランドル市民がフランス人を虐殺
同年(1302年)金拍車の戦い:フランドル伯がフランスの鎮圧軍に勝利し独立

1314年 フィリップ4世死去:
・子のルイ10世強情王が継承

1316年 ルイ10世死去:
・王妃クレマンス・ド・オングリーがジャン1世遺児王を出産するが5日後に夭折
・フィリップ5世が王位を継承

1322年 フィリップ5世死去:
・弟のシャルル4世が継承

1328年~ヴァロワ朝


1328年 シャルル4世死去:カペー朝断絶、ヴァロワ朝の成立
・男子がおらずカペー朝は断絶
・従弟のフィリップ6世が継承し、ヴァロワ朝が開かれる

1350年 フィリップ6世死去:
・子のジャン2世が継承

1356年 ポワティエの戦い:
・英仏百年戦争の主な戦いの一つ、フランス軍が大敗北

1357年 三部会でエティエンヌ・マルセルによる王権制限の大勅令が可決

1364年 ジャン2世死去:
・子のシャルル5世が継承

1380年 シャルル5世死去:
・子のシャルル6世が継承

.

.

15世紀(近世1)


1415年 百年戦争 (1415年-1429年):
・ヘンリー5世率いるイングランド王軍が北フランスに上陸
・アジャンクールの戦い:イングランド軍が圧勝

1418年 ブルゴーニュ公国のジャン無怖公がパリを占領
・ドーファンのシャルル(後のシャルル7世)が逃亡

1419年ジャン無怖公がドーファンの支持者に暗殺:
・後継のフィリップ善良公はイングランドと同盟

1420年 ブルゴーニュ派がシャルル6世にトロワ条約を署名:
・後継者をイングランド王ヘンリー5世

1422年 ヘンリー5世死去:
・生後6ヶ月の子ヘンリー6世が後継
・シャルル6世死去:子のシャルル7世が王位継承を宣言、ヘンリー6世と対立

1453年 カスティヨンの戦い:
・百年戦争最後の戦い
・フランスが勝利
・イングランドの大陸領を奪還(カレー以外)

1461年 シャルル7世死去:
・子のルイ11世が王位を継承

1483年 ルイ11世死去:
・子のシャルル8世が王位を継承

1498年 シャルル8世死去:
・父ルイ11世の又従弟オルレアン公ルイ12世が継承

16世紀(近世2)


1508年 カンブレー同盟戦争:
・教皇領、フランス、神聖ローマ帝国、アラゴン王フェルナンド2世がヴェネツィア共和国の分割を目論んでカンブレー同盟を結成
・ローマ教皇ユリウス2世とフランス王ルイ12世の不和で崩壊
・数度の離合集散の末、開戦前の状態に復帰する事が決定

1514年 ルイ12世の娘ブルターニュ女公クロードが王位継承者筆頭アングレーム伯フランソワ1世と結婚

1515年 ルイ12世死去:
・アングレーム伯フランソワ1世が継承

1524年 ブルターニュ女公クロード死去:
・長子のフランソワ3世がブルターニュ公

1532年 フランソワ1世がブルターニュをフランス王領に併合

1547年 フランソワ1世死去:
・子のアンリ2世が継承

1559年 アンリ2世死去:
・子のフランソワ2世が継承

1560年 フランソワ2世死去:
・子供がなかったため弟シャルル9世が継承

1572年 サン・バルテルミの虐殺:
・多数のプロテスタント貴族と市民が殺害された

1574年 シャルル9世死去:
・嫡子がなかったため弟アンリ3世が継承

1589年~ブルボン朝


1589年 アンリ3世が暗殺される:ヴァロワ朝が断絶、ブルボン朝が開かれる
・アンリ3世に子供はなくヴァロワ朝が断絶
・ブルボン家のアンリ4世が王位を継承、ブルボン朝を開く

1598年 アンリ4世がナントの勅令を発布:
・ユグノー戦争終結

17世紀(近世3)


1610年 アンリ4世が死去:
・狂信的なカトリック教徒のフランソワ・ラヴァイヤックに刺殺される
・長子のルイ13世が8歳で王位を継承
・ルイ13世の母マリー・ド・メディシスが摂政

1617年 ルイ13世が母マリー・ド・メディシスを幽閉:
・政治の実権を取り戻す

1624年ルイ13世がリシュリュー枢機卿を宰相に任命

1643年 ルイ13世死去:
・子のルイ14世が5歳で即位
・マザラン枢機卿が摂政

1648年 フロンドの乱:
・マザラン枢機卿がパリ高等法院のメンバーを逮捕
・この逮捕をきっかけに民衆と法服貴族が蜂起

1648年 三十年戦争:
・ヴェストファーレン条約でフランスが興隆
・東部の領土を拡張

1659年 西仏戦争:
・フランスが勝利
・ピレネー条約でスペインからカタルーニャ北部とフランドルの一部を取得
・フランスの強国化とスペインの没落が明らかに

1668年 アーヘンの和約:
・ネーデルラント継承戦争終結
・スペインはフランスにリールなどフランドルの都市を割譲

1678年 ナイメーヘンの和約:
・オランダ侵略戦争終結
・スペインはフランスにフランシュ=コンテ地方やエノー伯領の一部およびフランドルの都市のいくつかを割譲

1684年 ラティスボン条約:
・再統合戦争を終結
・スペインはフランスにリュクサンブール大公国を割譲

1697年 レイスウェイク条約:
・フランスとアウクスブルク同盟の大同盟戦争が終結

18世紀(近世4)


1701年 7月9日 カルピの戦い:
・スペイン継承戦争の最初の戦闘
・オーストリア軍がカルピでフランス軍に勝利

1713年 ユトレヒト条約:
・スペイン継承戦争のフランスとイギリスの間の講和条約
・フェリペ5世およびその子孫たちはフランス王の継承権を放棄
・フランス王位の継承権者はスペインの王位継承権を放棄

1714年 ラシュタット条約:
・スペイン継承戦争のフランスとオーストリアの間の講和条約

1715年 ルイ14世が壊疽で病死:
・5歳の曾孫ルイ15世が即位
・ルイ14世の甥オルレアン公フィリップ2世が摂政

1720年 ハーグ条約:
・四国同盟戦争を終結
・フェリペ5世はフランス王の継承権を再び放棄

1723年 ルイ15世が親政を宣言

1738年 ウィーン条約:
・ポーランド継承戦争終結
・フランスはロレーヌ公国とバール公国を獲得

1748年 アーヘンの和約:
・オーストリア継承戦争を終結
・フランスは特に得るところがなく、民衆の不満が高まった

1763年 パリ条約:
・七年戦争終結
・フランスはイギリスにカナダやフランス領ルイジアナなど海外植民地の大半を割譲

1768年 ヴェルサイユ条約:
・ジェノヴァ共和国がコルシカ島をフランスに割譲
・ジェノヴァは債務に苦しまれてコルシカ独立戦争を鎮圧できずコルシカ島を抵当として一時フランスに割譲
・その後も取り返せずコルシカはフランス領に

1774年 ルイ15世が死去:
・孫のルイ16世が即位

1778年 フランスが13植民地の独立を承認
・アメリカ独立戦争に参戦
・勝利したフランスは1783年のヴェルサイユ条約でイギリスと講和
・セネガルしか得られず民衆が反発

1789年フランス革命

1789年 7月14日 バスティーユ襲撃:フランス革命が始まる

1793年 国民公会によりルイ16世がギロチンで斬首刑:
・ 国民公会でジャコバン派独裁が開始(1年2ヶ月間の恐怖政治)
・元王妃マリー・アントワネットがギロチンで斬首刑

1795年 共和暦3年憲法の施行:
・国民公会が廃止、総裁政府が成立

1797年 第一次対仏大同盟:
・カンポ・フォルミオ条約によりフランスとオーストリアが講和
・フランス革命の影響を最小限に留めたい各国の思惑により対仏大同盟が成立
・フランスに撃破され停戦を余儀なくされた

1798年 擬似戦争:
・アメリカ合衆国議会がフランスとの条約を破棄
・半ば公式な開戦

1799年 ナポレオン・ボナパルト統領政府を樹立

1799年 ブリュメール18日のクーデター:ナポレオン・ボナパルト統領政府を樹立
・ナポレオン・ボナパルト将軍が総裁政府を倒し、統領政府を樹立

19世紀(近世5/近代1)


1801年 第二次対仏大同盟:
・リュネヴィルの和約によりオーストリアが講和
・オーストリアとロシア帝国を主とする対仏大同盟側が敗北
・オーストリアの脱落によりイギリスのみが交戦を続ける

1802年 第二次対仏大同盟:
・アミアンの和約によりフランスとイギリスが講和

1803年 ルイジアナ買収:
・フランスがフランス領ルイジアナを1500万ドルでアメリカ合衆国に売却
・これによりフランスは北米大陸から完全に撤退

1803年11月18日 ハイチ革命:
・ヴェルティエールの戦い
・ロシャンボー子爵率いるフランス軍がジャン=ジャック・デサリーヌ率いる革命軍に降伏

1804年 ハイチ独立:
・ジャン=ジャック・デサリーヌがサン=ドマングの独立を宣言
・ハイチを建国

1804年 フランス第一帝政

1804年 フランス第一帝政
・ナポレオン・ボナパルトが護憲元老院からフランス皇帝の位を授けられた。
・統領政府が終結
・フランス第一帝政が始まる

1804年 ナポレオン・ボナパルトがノートルダム大聖堂で自ら戴冠
・ローマ教皇ピウス7世も出席させられ、教皇の権威を借りる形に

1805年 第三次対仏大同盟:
・アウステルリッツの戦いでフランスが勝利
・フランス帝国および衛星国がオーストリア、ロシア、イギリス、スウェーデンなどからなる対仏大同盟に勝利
・対仏大同盟は崩壊

1806年 ナポレオンが神聖ローマ帝国を解体:
・帝国16領邦からなるライン同盟を結成

1807年 第四次対仏大同盟:
・フリートラントの戦いでロシアがフランスに大敗
・プロイセン、ロシア、イギリス、ザクセン、スウェーデンの対仏大同盟が崩壊

1808年 半島戦争はじまり
・1814年にナポレオンが第六次対仏大同盟に敗北するまで続く

1809年 第五次対仏大同盟:
・ヴァグラムの戦いでフランスがオーストリアに圧勝
・イギリスとオーストリアからなる対仏大同盟が崩壊

1812年 第六次対仏大同盟:
・モスクワ大火により1812年ロシア戦役でのフランス撤退が始まる
・ベレジナ川の戦いでの大敗北
・対仏大同盟は勝利を続け、フランス第一帝政の転落が始まる

1813年 ドレスデンの戦い:
・皇帝ナポレオン1世のフランス軍が、シュヴァルツェンベルク将軍率いる第六次対仏大同盟軍(オーストリア帝国・ロシア帝国・プロイセン王国)を破ったがフランス軍は追撃に失敗
・数日後のクルムの戦いにおいて包囲され降伏

1813年 ライプツィヒの戦い:
・60万人の兵士が交戦
・第一次世界大戦以前のヨーロッパにおける最大規模の戦闘
・同盟軍がフランスに勝利

1814年 第一次王政復古

1814年 第一次王政復古:
・ブルボン朝が復古
・ルイ18世がフランス王に即位
・ナポレオンはエルバ島に追放

1815年 百日天下、ワーテルローの戦い:
・ナポレオンが第七次対仏大同盟に敗北
・フランス第一帝政とナポレオン戦争を完全に終結
・この後ヨーロッパは50年近くの平和

1815年 7月7日 第二次王政復古:
・ナポレオンがセントヘレナ島に配流
・ブルボン朝が再び復古
・ルイ18世がフランス王に復位
・1824年9月16日に崩御するまで在位

1821年 ナポレオン死去

1823年 聖ルイの十万の息子たち:
・フランス軍10万人がスペインに侵攻
・自由主義政府を打倒「自由主義の三年間」を集結
・スペイン王フェルナンド7世復権

1830年 フランス7月革命:
・保守派のブルボン朝が打倒された
・オルレアン朝のルイ=フィリップ1世がフランス王に即位

1830年 ギリシャ独立戦争終結:
・ロンドン議定書でロシア・フランス・イギリスがギリシャの独立を承認

1831年 カヌート争議:
・産業革命以降最初の労働者反乱

1832年 6月暴動:
・パリで王政打倒を目的とする反乱、数日で鎮圧された

1839年 菓子戦争:
・メキシコ側がフランスの要求を受諾したためフランス軍が撤収

1848年 二月革命:
・共和派がオルレアン朝を打倒
・ルイ=フィリップ1世はイギリスに亡命

1848年 ルイ=ナポレオン・ボナパルトがフランス第二共和政の初代大統領に就任

1851年第二共和政

1851年 クーデター:
・1年後、ルイ=ナポレオン・ボナパルトがフランス皇帝ナポレオン3世に即位
・フランス第二共和政が終結
・フランス第二帝政が成立


1853年 クリミア戦争:
・フランスとイギリスがロシアに宣戦布告(~1856年まで)

1860年 第二次イタリア独立戦争:
・フランス・サルデーニャ王国連合軍がオーストリア帝国が勝利
・サヴォワとニースがサルデーニャからフランスに割譲

1860年 アロー戦争:
・イギリス・フランス連合軍が北京の紫禁城に入城

1866年 メキシコ出兵:
・フランス軍がメキシコから撤退

1870年~ 第三共和政

1871年 普仏戦争終結:
・フランスの敗北によりナポレオン3世が失脚、フランス第二帝政終結
・第三共和政が成立し、ナポレオン3世はイギリスに亡命

1871年3月26日 パリ・コミューンが成立、2ヶ月後に鎮圧

1871年 アドルフ・ティエールがフランス第2代大統領に就任(~1873年まで)

1873年 パトリス・ド・マクマオンがフランス第3代大統領に就任(~1879年)

1879年 ジュール・グレヴィがフランス第4代大統領に就任(~1887年1)

1887年 エッフェル塔の建設が始まる

1887年 マリー・フランソワ・サディ・カルノーがフランス第5代大統領に就任(~1894年)

1888年 エッフェル塔のプラットフォームが完成

1889年 エッフェル塔が一般に公開(エレベーターが運行開始)


1894年 露仏同盟締結
1894年 ジャン・カジミール=ペリエがフランス第6代大統領に就任(~1895年)
1894年ドレフュス事件:10年以上フランス世論を二分

1895年 フェリックス・フォールがフランス第7代大統領に就任(~1899年)

1899年 エミール・ルーベがフランス第8代大統領に就任(~1906年)

20世紀(近代2/現代1)

1904年 英仏協商締結
1907年 英露協商が締結:
・フランス・イギリス・ロシアの間で三国協商が成立
・ドイツ・オーストリア・イタリアの三国同盟と対立

1905年 政教分離法成立、宗教予算が廃止

1906年 アルマン・ファリエールがフランス第9代大統領に就任(~1913年)

1913年 レイモン・ポアンカレがフランス第10代大統領に就任(~1920年)

1914年 第一次世界大戦


1914年 第一次世界大戦:
・ドイツ帝国がフランスに宣戦


1918年 第一次世界大戦終結:
・第一次コンピエーニュ休戦協定がフランスとドイツの間で締結
・フランスがアルザス=ロレーヌを奪回

1920年 ポール・デシャネルがフランス第11代大統領に就任(~同年9月)

1920年 アレクサンドル・ミルランがフランス第12代大統領に就任(~1924年)

1923年 フランス・ベルギーによるルール占領が始まる


1924年 ガストン・ドゥメルグがフランス第13代大統領に就任(~1931年)


1931年 ポール・ドゥメールがフランス第14代大統領に就任(~1932年)


1932年 アルベール・ルブランがフランス第15代大統領に就任(~1940年)


1934年 1934年2月6日の危機:
・右派勢力によるクーデター未遂事件
・フランス第三共和政の危機

1939年 第二次世界大戦

1939年 第二次世界大戦:
・フランスがドイツに宣戦布告

1940年 第二次世界大戦フランス侵攻:
・ナチス・ドイツのフランス侵攻でフランスが敗北
・第二次コンピエーニュ休戦協定を締結
・ナチス・ドイツによるフランス占領が始まる
・南フランスではフィリップ・ペタン率いるコラボラシオン派のヴィシー政権が支配

1944年 第二次世界大戦パリ解放:
・オーバーロード作戦の最後の戦い
・連合国および自由フランス軍はパリをドイツ占領から解放
・フランスの残りの地域はドイツへの進軍と同時に解放

1945年 第二次世界大戦終戦

1945年8月15日 第二次世界大戦終戦

1945年 10月24日 国際連合成立:
・フランスは国際連合安全保障理事会常任理事国

1946年 第四共和政

1946年 第四共和政

1947年 ヴァンサン・オリオールがフランス第16代大統領に就任(-1954年、)

1951年 パリ条約:
・ベルギー、フランス、西ドイツ、イタリア、ルクセンブルク、オランダの6か国間で締結
・外交と経済の安定を目的とする欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が成立
・ECSCは後の欧州連合の基盤の一つ

1954年 ルネ・コティがフランス第17代大統領に就任(~1959年)

1954年 第一次インドシナ戦争が終結:
・フランスはジュネーヴ協定でベトナムの分割に同意
・フランス植民地帝国の解体が始まる

1957年 ローマ条約:
・フランス、ベルギー、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、西ドイツによって2条約が調印
・ 欧州経済共同体(EEC)と欧州原子力共同体(EAEC)が設立

1958年~現在 第五共和政

1959年 シャルル・ド・ゴールが第18代・フランス第五共和政初代大統領に就任(~1969年)
・第五共和政憲法で大統領の執行権強化

1962年 アルジェリア戦争が終結:
・アルジェリアはフランスから独立

1965年 合併条約:
・欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)、欧州経済共同体(EEC)、欧州原子力共同体(EAEC)が欧州諸共同体に統合

1967年 シャルル・ド・ゴールの「自由ケベック万歳!」演説:
・フランスとカナダの間の緊張

1968年 五月革命:
・「自由と平等と自治」を掲げた約1000万人の労働者・学生がパリでゼネスト

1969年 ジョルジュ・ポンピドゥーがフランス第19代大統領に就任(~1974年)

1974年 ヴァレリー・ジスカール・デスタンがフランス第20代大統領に就任(~1981年)

1981年 フランソワ・ミッテランがフランス第21代大統領に就任(~1995年)

1986年 単一欧州議定書:
・ローマ条約を大幅に改定
・1992年までに共通市場を成立させるとした

1992年 マーストリヒト条約:
・フランスを含む欧州諸共同体加盟国が署名し、欧州連合を創設

1995年 ジャック・シラクがフランス第22代大統領に就任(~2007年)

1998年 フランスが地元で1998 FIFAワールドカップ初優勝

1998年 フランスのユーロ導入:
・ユーロ圏内でのフランス・フランとユーロのレートが固定

21世紀(現代2)

2001年 ウェブアーカイブ化を義務化する法が成立
2002年 ユーロの紙幣・硬貨の流通およびフランス・フランとの交換が開始
2004年 公立学校での宗教的標章の着用を禁止する法が成立
2005年 パリ郊外暴動事件
2007年 ニコラ・サルコジがフランス第23代大統領に就任(~2012年)
2010年 フランス元老院が「公共の場で顔を覆う服を禁止する」法
2011年 ユニファイド・プロテクター作戦(リビア内戦介入):
・ムアンマル・アル=カッザーフィーが追放
・カッザーフィーは同年10月20日に反カッザーフィー派部隊によって殺害された
2012年 フランソワ・オランドがフランス第24代大統領に就任(~2017年)
2013年 セルヴァル作戦(マリ共和国介入、~2014年)
2015年 シャルリー・エブド襲撃事件
2015年 パリ同時多発テロ事件:
・ISILの戦闘員と見られる複数のイスラーム過激派のグループによる銃撃および爆発が同時多発的に発生、死者130名以上
2016年 ニーストラックテロ事件
2017年 エマニュエル・マクロンがフランス第25代大統領に就任(~現在)

(参考文献)ウィキペディア(日本語)、Wikipedia(英語)、外務省ホームページ他

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