1940年代フランス歌手・ポピュラー音楽アーティスト
(主なジャンル)40年代シャンソン、など。
(1940年代フランスで音楽活動開始・デビューしたシャンソン歌手、ポピュラー音楽アーティストなど。1940s Les années 1940 AtoZ)
● コラ・ヴォケール(Cora Vaucaire)1948年デビューのフランス人女性シャンソン歌手。
● ジョーゼット・プラナ(Georgette Plana)1946年デビューのフランス人女性シャンソン歌手。
● ジルベール・ベコー(Gilbert Bécaud)1947年作曲家で活動開始した歌手
● ジャクリーヌ・フランソワ(Jacqueline François)1945年デビューのフランス人女性シャンソン歌手。
● ジャン・マルコ(Jean Marco)Years active 1946–1953
● ジュリエット・グレコ (Juliette Gréco)
● ポール・モーリア(Paul Mauriat)
● イヴ・モンタン(Yves Montand)
【凡例】歌手名(フランス語名)デビュー年※当サイトでの歌手デビュー年の目安は音盤レコード発売年・音源リリース年(×)録音年、舞台映画デビュー年等。(活動期間:本文に記載)
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「フランス音楽歌手(シャンソン・フレンチポップス・ヴァリエテ)歴代(年代順)一覧」
コラ・ヴォケール(Cora Vaucaire)1948

コラ・ヴォケール(Cora Vaucaire、1918-2011)1948年発売レコード歌手デビュー(活動期間1941-2005)のフランス人女性シャンソン歌手(マルセイユ出身)。
(デビュー前)1930年代(1934年16才頃から)舞台俳優として活動。1940年前半ドイツ占領下時代(1940年~1944年)音楽学者ミシェル・ヴォーケールと結婚。
(1941-活動期間)
1941年頃から夫ヴォーケールらの勧めで国立ラジオで歌手として活動開始。
1944年パリ解放以降パリ左岸派(Rive Gauche)シャンソン歌手としてレシェル・ドゥ・ジャコブ(L’Échelle de Jacob)などのキャバレー小劇場(シャンソニエ)で活動。
(レコード歌手デビュー)
デビュー曲:
1948年発売「枯葉」コラ・ヴォケール(1948 Les Feuilles mortes – Cora Vaucaire ♪)
※「枯葉(Les Feuilles mortes)」初録音作品は1948年コラ・ヴォケール(Cora Vaucaire)盤(1948 Cora Vaucaire – Les Feuilles Mortes – Le Chant Du Monde – 1536)。「枯葉(Les Feuilles mortes)」原曲は、1946年映画挿入歌(イヴ・モンタン歌唱)。コラ・ヴォケールは初カバー曲だが、音盤録音としては最初。1946年~1948年当時は映画も曲も、歌手も知名度は低かった。ただ、コラの選曲センスはデビュー前のシャンソニエ時代から秀逸だった。
※「レシェル・ドゥ・ジャコブ」(フランス語:L’Échelle de Jacob / 意味:ヤコブの梯子)は、かつてフランス・パリの左岸、サンジェルマン・デ・プレ地区にあった伝説的なキャバレー。1940年代後半から1960年代(第二次世界大戦後の復興期)にかけて、パリの「リヴ・ゴーシュ(左岸)カルチャー」を牽引した象徴的なスポットの一つ。要と特徴所在地: パリ6区 ジャコブ通り10番地(10, rue Jacob, 75006 Paris)。スタイル: 非常に小さく親密な空間で、当時は「caves à chansons(シャンソンの地下蔵・洞窟)」とも呼ばれていました。客席とステージが近く、独特の落ち着いた雰囲気が特徴でした。役割: 新人歌手やアーティストが世に出るための登竜門(下積み・見出しの場)として機能していました。ここから羽ばたいた著名なアーティストこのキャバレーの経営者だったスージー・ルブラン(Suzy Lebrun)は大変優れた審美眼(スカウト能力)を持っており、後にフランスの音楽史に名を残す多くの巨匠たちの才能をいち早く見出しました。ジャック・ブレル (Jacques Brel): パリに出てきたばかりの苦しい下積み時代にここで歌い、キャリアの礎を築きました。バルバラ (Barbara): フランスを代表するシャンソン歌手。ジュリエット・グレコ (Juliette Gréco): サンジェルマン・デ・プレのミューズ。ジョルジュ・ブラッサンス (Georges Brassens): 伝説的なシンガーソングライター、などを輩出。
※※「枯葉」は次に、1949年イヴ・モンタンも録音・発売。1949年3番目にジャクリーヌ・フランソワが録音(この時どうやら短編映画も撮影されたらしいがYT動画は不詳。その枯葉の短編映画をみて、他の詳しくは「枯葉(Les Feuilles mortes)」の項にて。)
ジョルジェット・プラナ(Georgette Plana)1946
ジョルジェット・プラナ(Georgette Plana、1917-2013)1946年発売レコード歌手デビュー(活動期間1941頃-2004頃)のフランス人女性シャンソン歌手(フランス南西部アジャン出身)。
(デビュー前)幼少期からピアノとバレエを習い、ボルドー音楽院で演劇を専攻。ボルドーのミュージックホールでダンサーとして舞台に立つ。1941年(24歳)パリで歌手活動開始。1942年パリ・アルハンブラ劇場に出演するなど1944年頃までにシャンソン歌手フレエル(Fréhel)のカバーなどで人気となる。
(デビュー)
ジョルジェット・プラナ初録音:1945年12月4日、リエージュのフォーラム・ド・リエージュでエドガー・ドヌー楽団と共演し、初のレコードを録音。
1946年※発売ベルギーのレコード会社ソベディ(sobedi)社からRythmeとSilverbelという2つのレーベルでリリース。
※参考音源(Georgette Plana – 78 trs Rythme ♪)の情報提供によれば、初録音は1945年12月4日とのこと。ただ発売年については情報がみあたらなかった。よって、ここからは筆者の推察になるが、録音から発売まで早くとも1カ月以上(通常目安は3カ月)と考えるとおそらく発売は1946年と推察。このブログでは1946年発売としておく。
1946年発売(歌手デビュー曲)「マドレーヌ寺院からオペラへ(De la Madeleine à l’opéra)」ジョルジェット・プラナ(Georgette Plana)(B面「あなたは私に言った(Tu m’as dit)」)Rythme 5222(78trs※78rpmSP盤)
1945-1946 Georgette Plana – De la Madeleine à l’opéra-(mat.17181) / Tu m’as dit-(mat.17182) Rythme 5222
1945-1946 Ah! les danses espagnoles (mat. 17183)」/「De l’autre côté de la rue (mat. 17184)」Rythme 5223
1945-1946 L’amour aime la musique (mat. 17185)」/「Domenico (mat. 17186)」Rythme 5224
1946年デビューから上記3枚を含みオデオン社から6枚、パテ社から2枚のレコードをリリース。
1949年発売「枯葉(Les Feuilles mortes)」ジャクリーヌ・フランソワ(Jacqueline François)※コラ・ヴォケール(Cora Vaucaire)、イヴ・モンタン(Yves Montand)に次ぐ3番目のカバー曲。
1955年2月3日発売レコード(パテ社)がジョルジェット・プラナの初期キャリア(第1期)最後となった。
この後、ジョルジェット・プラナは結婚、家庭に入り約20年歌手活動は休止。
(60年代歌手活動再開)
1968年~ジョルジェット・プラナ(Georgette Plana)第2キャリア:
1968年発売「リキータ」(1920年代シャンソンのカバー)で歌手活動再開し、大ヒット(ヴォーグ 45万枚チャート1位獲得)。
この成功を受けて、ベネシュとデュモン、ガストン・ガバロッシュ、レオ・ダニデルフ、リュシアン・ボワイエ、モンテユスなどの往年のヒット曲を録音(「ル・デニシュー」「ザザ」「ラグビー行進曲」「宝石を愛する女」「フォーブールのイロンデル」)。
代表曲:「リキータ」「ラ・ジャバ・ブルー」「エビバ・エスパーニャ」など。
ジルベール・ベコー(Gilbert Bécaud)1947年 – 2001年
ジルベール・ベコーはフランスの歌手・作曲家・ピアニスト・俳優。
活動期間 1947年 – 2001年。パリのオランピア劇場で33回も公演し、その精力的なパフォーマンスから「ムッシュ10万ボルト」と言われた。 (参考リンク)ウィキペディア-ジルベール・ベコー
(※)などと紹介されることが多いが個人的な印象で申せばフランスの松崎しげる兄と布施博さんを足したような印象。情熱的でときにちょっとHなチャーミングさもありながらとんでもない名曲を残されている。60年代以降のヒット曲が多いがキャリアは40年代からというフランスを代表する国民的男性シャンソン歌手のひとり。
デビュー曲:1953年発売「僕の手(Mes mains)」
ジルベール・ベコー代表曲:1967年「Je reviens te cherche」1964年「ナタリー (Nathalie)」1961年「そして今は (Et Maintenant)」など。
※個人的にフランス人の好きなベコーの曲といえばなんといっても「君をむかえに来た(Je reviens te cherche)」(参考記事)「君をむかえに来たJe reviens te chercher」朝倉ノニーの<歌物語>。
ジャクリーヌ・フランソワ(Jacqueline François)1945
ジャクリーヌ・フランソワ(Jacqueline François)1945年発売レコード歌手デビュー(活動期間1945-1992)のフランス人女性シャンソン歌手(パリ出身)。
デビュー曲:1945年発売「Ce n’était pas original」ジャクリーヌ・フランソワ(Jacqueline François)♪※レコード歌手デビュー
代表曲など:「マドモアゼル・ド・パリ」1949年「枯葉(Les Feuilles mortes)」ジャクリーヌ・フランソワ(Jacqueline François)※第3番目のレコード作品 ♪
ジャン・マルコ(Jean Marco)
ジャン・マルコ Jean Marco Years active 1946–1953
ジュリエット・グレコ (Juliette Gréco)
ジュリエット・グレコ ( Juliette Greco ) Juliette Gréco
グレコとマイルスの出会いについては次の動画などもご参考に Miles Davis – A Visit to France (from The Miles Davis Story)
ポール・モーリア Paul Mauriat
ポール・モーリア Paul Mauriat
イヴ・モンタン Yves Montand
1949 Yves Montand – Les Feuilles Mortes ※後年の別バージョン★あとで差し替え
イヴ・モンタン(Yves Montand)1945年デビュー(活動期間1945-1991)のフランス人男性俳優・歌手(●●出身)。
デビュー曲:1945年発売「」イヴ・モンタン)
デビュー映画:
1946年映画『Les Portes de la nuit(意味:夜の門※)マルセル・カルネ監督主演
※1946当時本邦未公開(2014年『枯葉~夜の門~』として初DVD化)
1946年「枯葉」原曲(1948年コラ初録音 1949年イヴ、ジャクリーヌ)
(関連記事)『「枯葉(Les Feuilles mortes)」原曲について(シャンソン)1946年発表イヴ・モンタン歌唱(映画)・1948年初録音・発売コラ・ヴォケール』
(備考)1940年代イヴ・モンタン(Yves Montand)ディスコグラフィ(※シングルEPのみ※1stアルバムは1951年)
1940s Yves Montand Discography (Singles & Eps) *1st Album was released 1951:
1945 Dans Les Plaines Du Far-West / Luna Park — Yves Montand Odeon (1st Single)
1947 Mais Qu’est-ce Que J’ai? / Ma Gosse Ma Petite Mome — Yves Montand Odeon (2nd single)
1947 La Légende Du Boogie-Woogie / Moi J’m’en Fous — Yves Montand Odeon (3rd singe)
1947 Blatting Joë / La Grande Cité — Yves Montand Odeon (4th single)
1947 Ainsi Va La Vie / Il Chantait — Yves Montand Odeon (5th single)
1948 Feu De Bois / Clémentine — Yves Montand Odeon (6th singe)
1948 Les Cireurs De Souliers De Broadway / Les Enfants Qui S’aiment — Yves Montand Odeon (7th single)
1948 Maître Pierre / Rien Dans Les Mains Rien Dans Les Poches — Yves Montand Odeon (8th single)
1948 Clopin-Clopant / Jolie Comme Une Rose — Yves Montand Odeon (9th single)
1948 Parce Que Ça Me Donne Du Courage / À Paris — Yves Montand Odeon (10th single)
1948 C’est Si Bon / Vel’ D’ Hiv’ — Yves Montand Odeon (11th single)
1949 Matilda — Yves Montand Odeon (12the single)
1949 Champion Du Monde / Flaner Tous Les Deux — Yves Montand Odeon (13th single)
1949 A Paris / Je Vais A Pied — Yves Montand Parlophone (14th single)
1949 Barbara / Le Peintre, La Pomme Et Picasso — Yves Montand Odeon (15th single)
1949 Les Feuilles Mortes / Et La Fête Continue — Yves Montand Odeon (16th single)
1949 Ce Monsieur La — Yves Montand Odeon (17th single)
1949 Metro / J’ai De La Veine — Yves Montand Odeon (18th single)
(Source: Discogs-Yves Montand *summrised by ayCique auther)
(ちなみに、当時の日本といえば1942年米国映画『カサブランカ』など戦時中のアメリカ映画がやっと日本で公開された年。フランス映画も数本本邦公開されたがフランス本国でもヒットしたとは言えない本作が当時本邦未公開だったのは無論やむをえぬだろう。また、個人的感想ながら、こうした初期作品との関わり方などを調べていくと個人的にも華麗な映画やシャンソン界の大スターというイメージが強かったイヴ・モンタン(Yves Montand)氏だが、伴奏オケ(ボブ・カステーリャ)を生涯ほぼ一貫した男の仁義、そしてのちに華やかなエンターテイナーになるが若いころは後述するようにセ・シ・ボン(C’est Si Bon)のようなダンス曲(当時はFoxtrotと呼称)は自分には合わないといって躊躇した恥ずかしがり屋のエピソードなどを知るにつれ、筆者のイメージはフランスの高倉健さんと呼びたいほどにイヴ・モンタン(Yves Montand)氏の男気を感じてしまうのだ。)
1946 La Vie En Rose Edith Piaf
1946年発表「La Vie en rose」(ラ・ヴィ・アン・ローズ)邦題「ばら色の人生」はエディット・ピアフ(Édith Piaf)の代表曲。
1946年(1946年10月9日録音)「La Vie en rose」Édith Piaf(作詞:エディット・ピアフEdith Piaf、作曲:ルイギーLouiguy、指揮:ガイ・ルイパート Guy Luypaerts、コロンビア)
1936年デビューしたエディット・ピアフの中期代表曲
1930年代の記事🔗でご紹介したとおり、1936年にデビューしたピアフだが多くのシャンソンファンの方の印象のとおりブレイクは戦後復興期の1940年代後半。
1940年代はフランスでも第2次世界大戦中はナチスドイツの支配下にあり戦火に苦しみレジスタンスなどの抵抗運動などを経てパリが解放された。あいにく当時の日本とフランスは敵国状態ではあったが1940年代終戦後に戦後復興期を迎えたという社会情勢には(当時の政治的責任等には言及したくない後追い世代ではあるが)共感したい。
1946年に発表されたこのピアフのシャンソンは、当時の日本でも戦後復興期の社会的混乱のなかで1946年1月発売「リンゴの唄」並木路子・霧島昇がそうであったように、大いに当時の人々の心を温めたことだろう。
さて、このシャンソンの大名曲「ラ・ヴィアンローズ(La vie en rose)」だがそうした時代的背景もこれありだが、本来の歌の内容としてはまさに純愛の喜びを歌ったラブソングである。シャンソンファンご承知のとおり当時のピアフは若き新人歌手・俳優のイヴ・モンタン( Yves Montand)との蜜月期にあり、いまだ経済的には困難もあったろうがやっと自由な社会が戻り素直に恋の喜びを歌う姿は時代を超えて人々に愛されるゆえんの核心部分なのかもしれない。
※ちなみに発表時期については諸説あったようだが少なくとも英語版ウィキペディアの1947年発表という記載は誤り。フランス語版ウィキペディアでは、曲の最初の公表時期1945年11月5日(La Vie en rose: ils déclarent la chanson à la Sacem le 5 novembre 1945)にフランスの音楽作詞者作曲者出版者協会(Society of Authors, Composers and Publishers of Music(SACEM)に登録されたとの記述もある。ただフランスでの一般的な公表時期はピアフの歌唱曲が最初に録音された1946年10月9日(コロンビアスタジオ)と1946年発売年(月日は不詳)を根拠に1946年公表ということがラジオフランスなどの公共放送などでの一般的な見解とされている。2024年1月1日から再度著作権が発生し云々とのニュースもあったそうだがここでフランス側が公式に1946年公表という見解をしめされているので1946年発表ということでよいだろう。
(さらに深堀すると、ピアフの発表前に当時曲作りを手伝っていたマルグリット・モノー(Marguerite Monnot)という女性ソングライターもいる。彼女はクレジットに登場はしないがこの曲の誕生に助言をした友人のひとりとされている。
(参考動画2)Edith Piaf – La vie en rose (Officiel) [Live Version]Edith Piaf Officiel:Au cours de l’émission “La joie de vivre”, Edith Piaf interprète “La vie en rose”, le 4 mars 1954.
(※)こちらの動画は1954年5月4日のライブ映像。こちらはピアフさんの公式YouTubeチャンネル(Edith Piaf Officiel)で公開。その他の貴重な音源もあるのでどうぞご覧を。
Edith Piaf Officiel
「La vie en rose」Marianne Michel
Marianne Michel – トピック
1946年/1947年発売(1946年11月18日録音)「La vie en rose」Marianne Michel(Odeon 281.762)について。
また、マリアンヌ・ミシェル(Marianne Michel)という女性歌手が発表したオデオン盤も残されている。
このマリアンヌ・ミシェル盤についても諸説ありで一部ではピアフが発表する前にパリのミュージックホールで歌っていた(フランス語ウィキペディア引用:Édith Piaf, déjà célèbre, ignore cette chanson plusieurs mois, puis la donne en primeur à Marianne Michel, qui la popularise dans les music-halls parisiens, avant de l’enregistrer le 18 novembre 1946 aux Odeon, deux mois avant l’enregistrement d’Édith Piaf.)といった逸話もある。
1946年「La Vie En Rose / La Femme En Rouge」Marianne Michel(Label: Odeon 281.762
Format:Shellac, 10″, 78 RPM) https://www.discogs.com/release/19751413-Marianne-Michel-La-Vie-En-Rose-La-Femme-En-Rouge。さらにYouTubeでは1945年発表?といった投稿もされている。
冒頭に記載した通り一般的にはピアフがコロンビアに録音した1946年10月9日の約一か月後の1946年11月18日にオデオンで録音された、というのがおおむね通説だろう。
ただ、当時のレコードで悩ましいのが発売日の記録があやふやな点。日本でもそうだがシュラック盤やSP盤の時代は発売日のクレジットが不明瞭でよくても発売年がざっくり書かれている程度。より厳密な調査はODEONとコロンビアの当時のレコード番号を突き合わせて発売日を同定する作業が必要となるがこれは無論小生のような別にそこまでレコードコレクターではない輩が行うことではない(面倒)。そんな杞憂をせずともフランス本国にはINAやSACEMといった優れた文化機関があるのでそれらの検証によるウィキペディアのリライトなどに期待したい。(また老婆心ながら日本では当然著作権管理団体が確認する事項だろう。)ここではとりあえず行きがかり上フランス語版ウィキペディアなどを閲覧したメモとして記載したがあくまで個人ブログの落書きである点はお断りさせていただく。
いずれにせよ、フランスのシャンソンを代表する名曲「ラヴィアンローズ」。その誕生には様々な逸話や想像が飛び交うこと自体多くの愛好家の興味が注がれてきた。
この辺りは諸説ありということかと思う。もし詳しく調べたい方はフランス語版ウィキペディアの記事(https://fr.wikipedia.org/wiki/La_Vie_en_rose)🔗やDiscogs(Edith Piaf – La Vie En Rose, Label: Columbia – ESRF 1051)などの資料をご確認されたい。

