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ジプシーキングスのルーツ 世界デビュー前史 年表

ラテン
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以前の記事で、ジプシーキングスの1982年Gypsykings時代の原曲などにふれた。その背景として、少し彼らのルーツやブレイク前のことを年表風にノートしておこうと思う。

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ホセ・レイエス とマニタス・デ・プラタ

彼らの父であるホセ・レイエスは、いとこのマニタス・デ・プラタのバンドで歌っていた歌手だった。その後ソロになり息子たちを引き連れて家族バンドを結成。この親父さんが亡くなってから、息子のニコラ・レイエスらが上のメンバーを集めてジプシーキングス(Gypsykings)というバンドを結成した。というのがおおまかな流れである。

José Reyes ホセ・レイエス とマニタス・デ・プラタ(Manitas de Plata)

レイエス兄弟の父である歌手のホセ・レイエス(José Reyes)と、バリアルド兄弟の父であるギタリストのマニタス・デ・プラタ(Manitas de Plata、本名はリカルド・バリアルド Ricardo Baliardo)も従兄弟同士。

ホセ・レイエス (José Reyes)

ホセ・レイエス (José Reyes、1928年11月8日 – 1979年6月6日)

ホセ・レイエス(José Reyes)はフランスのルンバ・フラメンコの歌手。プロヴァンスのカマルグでスペイン系ロマ音楽(カタロニア・ヒターノ音楽、un músic gitano català)を歌った。1928年にニースで生まれ、1979年に亡くなった。

ニース(Nice)、アルプ=マリティーム県(Alpes-Maritimes)、プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール(Provence-Alpes-Côte d’Azur)地域圏(région )

パカ(PACA)プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール(Provence-Alpes-Côte d’Azur)地域圏(région )の略

マニタス・デ・プラタ(Manitas de Plata: Ricardo Baliardo)

マニタス・デ・プラタ(Manitas de Plata: Ricardo Baliardo、1921年8月7日 – 2014年11月5日

リカルド・バリアルド (Ricardo Baliardo)は、「マニタス・デ・プラタ(Manitas de Plata」名義で活動したフランスのフラメンコギタリスト。カマルグ(Camargue)のサント=マリー=ド=ラ=メール(Saintes-Maries-de-la-Mer)のロマ巡礼での演奏などで有名になり、ロマ系ギタリストとして世界的な名声を得た。1921年にセット で生まれ、2014年に亡くなった。

セット (Sète、オック語:Seta)、エロー県 (Hérault) 、オクシタニー(Occitanie)地域圏(région )

サント=マリー=ド=ラ=メール(Saintes-Maries-de-la-Mer)、アルル(Arles)、ブーシュ=デュ=ローヌ県(Bouches-du-Rhône)、パカ(PACA)


以下、年表風に当時の曲などにふれる。

1960年代 Manitas de Plata y José Reyes

1960年代、マニタス・デ・プラタ(Manitas de Plata)とホセ・レイエスは、カマルグ(Camargue)を拠点に、共に活動し、ツアーやコンサートに同行した。

カマルグ(Camargue)、アルル(Arles、オック語 Arle)コミューン(commune)、ブーシュ=デュ=ローヌ県(Bouches-du-Rhône)、PACA

マニタス・デ・プラタはロマの巡礼などの演奏で有名になった。当初は人前での演奏を好まなかったとされる。ベルギーのロマ系ジャズギタリストであるジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt、1910 – 1953)の没後10年経った1963年に初めて録音に同意したといわれる。

1963年10月、マニタス・デ・プラタの最初のアルバム『Juerga! (1963)』がアルルの礼拝堂で収録され、フィリップスレーベルから発売された。

Recorded in Arles, France, in October 1963, and featured Jose Reyes and Manero Baliardo, and the gypsies of Les Saintes Maries de la Mer. Producer E. Alan Silver; recording Engineer David B. Jones. Re-released by Connoisseur Society in 1967 as CS2003.

Wikipedia, Manitas de Plata

このアルバムは評判を呼んだ。

ウィキペディアなどの出典元のブログには「レコードを聴いた芸術家のジャン・コクトーがマニタスを称賛する手紙を出した。」という逸話もあるという。もし事実とすれば、ジャン・コクトー (Jean Cocteau, 1889年7月5日 – 1963年10月11日)が亡くなる直前のできごとであり、驚愕ではある。アルバム発表時期と余りに近すぎるので今となってはその真偽は定かでない気もする。偉大なギタリスト故人の墓を暴くようなことはしたくないので、個人的にはこのまま「伝説」のエピソードとしてそっとしておきたい。

1964年アルルでマニタスの演奏を聴いたパブロ・ピカソが「あの男は私よりも価値がある!(” Il vaut plus cher que moi !”)」と叫びギターに絵を描いた等のエピソードがのこされている。

さらに、マニタスの友人であるルシアン・クレルグのニューヨークでの写真展などをきっかけに、マニタスはアメリカ合衆国でも有名になった。

1965年11月24日にはニューヨークのカーネギー・ホールでもコンサートが行われた。

以後、数多くのアルバムを発表。60年代だけでも以下のアルバムなどを残している。

  • Juerga! (1963, Philips)*1967年再発
  • Flamenco Guitar (1965)
  • Manitas de Plata – The world’s greatest living flamenco artist (1966, Phillips)
  • Manitas et les siens (1967, Columbia Records)
  • Flamenco Magic (1967, Columbia Records)
  • Flamenco!! (L’Espagne De Manitas) (1968, CBS)
  • The Art of the Guitar (1968, Everest Records)

1966 Manitas de Plata with Los Reyes – Gipsy Rhumba

70年代以降もマニタス・デ・プラタは活躍し、多くの作品を残しているがレコードなどは非常に多いため、詳しいディスコグラフィはDiscogsなどを参照頂きたい。


一方、ホセ・レイエスは、1960年代はマニタス・デ・プラタと一緒に活動しており、Manitas De Plata y José Reyesの名義では、66年と67年に2枚のアルバムを発表している。

José Reyes – Flamenco Guitar, Volume 2 album art

  • Manitas De Plata With José Reyes And Manero Ballardo* – Flamenco Guitar, Volume 2 4 versions Connoisseur Society 1966
  • José Reyes – Manitas de Plata at Carnegie Hall album art
    Manitas De Plata, José Reyes – Manitas de Plata at Carnegie Hall ‎(LP, Album) Vanguard VSD-79247 1967

1970年代 José Reyes y Los Reyes ~ Los Reyes

1974年に、ホセ・レイエスがマニタス・デ・プラタ(Manitas de Plata)を脱退。1975年には、彼の息子達と「ホセ・レイエス・イ・ロス・レイエス(José Reyes y Los Reyes)」というバンドを結成。 1979年のホセの死後、 息子たちは「ロス・レイエス(Los Reyes)」というバンドを結成。これ。のちのGypsykings(現在のGypsy Kings)のルーツといえる。

French flamenco singer, born 1928, died 6 June 1979. José Reyes – father of the Gipsy King’s Reyes – sang alongside guitarist Manitas de Plata. After splitting from Manitas in the 1970s he formed Los Reyes with his teenage sons.

https://www.discogs.com/ja/artist/1036017-Jos%C3%A9-Reyes

El 1974, després de decidir amb els seus cosins Baliardo de tirar cadascú pel seu costat, fundà el grup musical José Reyes et Los Reyes amb cinc dels seus fills (Nicolas, Paul, Canut, Patchaï i Andre) i el seu gendre Chico Bouchikhi.

ca.wikipedia, José Reyes

カタロニア語(Català)のため英訳(english translation)を載せておく。

In 1974, after deciding with his cousins ​​Baliardo to throw each one by his side, he founded the José Reyes et Los Reyes musical group with five of his children (Nicolas, Paul, Canut, Patchaï and Andre) and his boyfriend, Chico Bouchikhi.

1975 José Reyes y Los Reyes

1975年、ホセが息子達と「ホセ・レイエス&ロス・レイエス(José Reyes y Los Reyes)」というグループを結成。地元フランス南部のプロバンス地方で活動した。ジプシー・キングスの前身はここから始まるともいえる。

Jose Reyes (father of the Gipsy Kings) – dime dime

親父さんのホセ・レイエス氏のボーカルをぜひ聞いてほしい。「あの声」はまさに遺伝なのだと実感。

ちなみにdime dimeは tell me, tell meの意味。

1979 Los Reyes

1979年にホセが没した後は『ロス・レイエス』となった。

ここでお借りした動画は上で紹介した、マニタス・デ・プラタ(Manitas de Plata with Los Reyes)の Gipsy Rhumbaを若きニコラス・レイエスらの「ロス・レイエス」がカバーした曲。聞き比べてみると、オリジナルがギター主体のルンバフラメンカなのに対し、こちらではニコラスたちのボーカルが聞きものとなっている。(結構イケメン)

1980年代 Gypsykings

ニコラなど数名の兄弟がチコとバリアルド兄弟を加えて新たに『ジプシーキングス』(GIPSYKINGS)というグループを立ち上げた(この時のグループ名は1単語)。『ロス・レイエス』を続けた兄弟も後に合流し、改めて『ジプシー・キングス』(Gipsy Kings)となった。

1982年 Allegria ※日本版未発売

ファンの方はご存じかと思う。このメジャーデビュー前の2作は、素晴らしいアルバムである。

(結果論。なぜ売れなかったのかと思うほど。この頃のGypsykingsの演奏は音楽をやる喜びに満ち溢れている。)

ウィキペディアからのエピソード。無名時代にスイスで公演をした折、客の老人が感激のあまり涙を流された。それがかのチャップリン氏だっという逸話があるのもがもうなづける。

その昔自分がこの辺を掘っていたときにはなかなか入手困難だったアルバムも今ならYouTubeでも聴ける。未体験の方はぜひ通しで聴いてみるのをおすすめしたい。

インストも含めてアルバムの構成も秀逸。おのずと気持ちは高ぶる。ふいに日常の無機質な心が揺さぶられる。

アルバム冒頭のPena PenitaからPapa, No Pega La Mamaまでの流れは、人間の聴覚と心の琴線を揺さぶる稀有な音楽体験だと個人的には思う。

収録曲
Pena Penita 3:00
Allegria 2:40
La Dona 3:25
Solituda 2:35
Sueno 3:20
Djobi, Djoba 3:50
Un Amor 3:46
Papa, No Pega La Mama 3:00
Pharaon 4:00
Tristessa 3:30
Recuerda 4:3

Djobi Djoba も収録。個人的にはかなりこちらのほうが好みである。

Un Amor 3:46

“Un Amor”のコーラスで何度感極まったことか。


詳しいディスコグラフィはDiscogsなどに掲載されている。

Gipsykings Los Reyes* ‎– Allegria, Discogs

AllegriaはColumbia版とPhilips版がある。Philips版はYouTubeで音源が見つからなかった。

Gipsy Kings ‎– Allegria Columbia

Gipsykings Los Reyes* ‎– Allegria Philips ‎– 6313 450

1983年 Luna de Fuego

※日本版未発売

収録曲
Amor D’un Dia 4:45
Luna De Fuego 3:25
Calaverada 2:35
Galaxia 2:50
Ruptura 4:20
Gipsyrock 3:55
Viento Del Arena 4:45
Princessa 3:20
Olvidado 2:30
Ciento 3:20

Gipsy Kings ‎– Luna De Fuego , Discogs

こちらも遜色なく素晴らしい。Amor D’un Dia、Galaxiaなどが個人的におすすめ。

編集盤

こちらのCDはNonsuchの編集盤。「Allegria」と「Luna de Fuego」とを一枚に編集したもので、Djobi Djobaなどがカットされている。それでも素晴らしいと思う。

昔、輸入盤が入手しにくい頃、自分が初めに買ったのがこのCD。初めて聞いたときは自分の知っていたジプシーキングスと違うと感じて興奮した。

アルバム全体の曲間がなく*手拍子と掛け声が続き、ルンバフラメンコのグルーブ感や彼らの音楽をやる喜びが伝わってくる。

(*細かい話。もちろんCDで再生する時に曲は選択できる。)

もちろん今なら上の2枚が入手できればそちらのほうがよいだろう。

正直メジャーデビュー前の音の方が好きだ。

1987年以降 Gypsy Kings

クロード・マルチネス(Claude Martinez)をプロデューサーに迎え、1987年に発表した「ジョビ・ジョバ」(Djobi Djoba)、「バンボレオ」(Bamboleo)がフランス国内で大ヒット。

その後の活躍は多くの方が知るところだろう。


ということでこの辺でおひらきに。

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